塩のはなし

美味しい塩~見直される塩づくり~
イオン交換膜式で作られた塩は、舐めると舌にピリッとする刺激があり塩辛さが舌に残ります。プロの料理人は「とがった味」「塩が立つ」などと表現しますが、揚浜式や入浜式、流下式などで作られた塩は、塩辛さのほかに甘味や苦味などがほのかに感じられます。
イオン交換膜式の塩は99%以上の高純度の塩化ナトリウムで、そのため塩辛さが際立ち舌に刺すような刺激的な味と感じるようです。

海水には約3%の塩類が溶け込み、その中の約80%が塩化ナトリウムで、残りの20%が塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウムなどです。
イオン交換膜式以外で作られた塩は、海水中のマグネシウムやカリウムなどが微量ながらも残っていて、マグネシウムは苦味、カリウムは酸味、カルシウムは甘味となり、ナトリウムの塩辛い味に絡み合って複雑な味わいを醸しだしているのです。

美味しい塩の条件としては、まず材料となる海水がきれいなこと。取水地や取水方法、塩の作り方、衛生面などの管理が行き届いていることがあげられます。塩の専売制の廃止や輸入自由化によって、手に入る塩の種類は急増し、今では家庭用だけでも1,500種類ものブランドがあるようです。

深層水の脱塩
海水から真水をつくる
中近東やアフリカのような砂漠の国々、あるいは日本各地の離島では、古くから海水中の塩分を取り除いて淡水とし、飲料水、農業用水、工業用水として使ってきました。
<海水脱塩の歴史>
  • 1930年代
  • 石油が発見されて以来、中近東では蒸発法を使った海水淡水化が積極的に行われる。

  • 1952年
  • イランにイオン交換樹脂膜を使った電気透析法による淡水化装置が設置される。

  • 1958~60年頃
  • 非対称膜を使った逆浸透法による海水淡水化も、省エネルギー技術としてしだいに実用化される。

  • 1962年
  • 米国カリフォルニア州に3,800m³/日の能力を持った多段フラッシュ蒸発法(MSF)による最初の大型プラントが設置される。

  • 1960~70年代
  • MSF法に基づく数多くの海水淡水化プラントが中近東諸国へ納入される。

    逆浸透膜法の原理

    浸透膜で淡水と海水を隔てると、浸透圧によって水が膜を通り海水の方に移動しますが、海水に浸透圧よりも高い圧力を加えると、海水から淡水の方に水が移動し、脱塩水を得ることができるのです。
    簡易な逆浸透膜法というのは、淡水を使わず、浸透膜に圧力をかけながら深層水を流し、膜から脱塩水を絞り出すようにろ過する方法です。現在は、中空繊維を束ねて入れた管に圧力をかけながら深層水を注入し、中空繊維の側面から中に入る脱塩水と中空繊維の外に残る濃縮水とに分離する方法が一般的です。
    つまり浸透膜(中空繊維の側面)にあいている微細な穴から溶媒である水(H²O)だけが中に入り込み、塩分などの溶質は濃縮水の方にこし取られるのです。

    逆浸透膜法の利用例

    水の確保を海水淡水化に頼っている原子力発電所では、最近は蒸発法に代わって、逆浸透膜法を採用するケースが目立っています。
    現在の船には、漁船からクイーンエリザベス号などの豪華客船や潜水艦などの軍艦に至るまで、逆浸透膜法海水淡水化装置(造水機)が積み込まれています。これによって水補給のための寄港が必要なくなり、船足を格段に速めました。

    脱塩に適している深層水

    脱塩装置に表層水をそのまま使うと、細菌や生物由来の有機物など懸濁物といわれるものが大量に膜にひっかかり、膜はすぐに使い物にならなくなります。脱塩するには何度も沈澱・ろ過槽を経由してから膜を通さねばなりません。
    深層水は表層水に比べて格段に清浄であるため、このような前処理がいらず非常に効率良く脱塩ができます。

    中空繊維を使った逆浸透膜法のしくみ

    塩ってなに?

    塩はナトリウム(Na)と塩素(Cl)の化合物で化学的な名称を塩化ナトリウム(NaCl)といいます。

     

    塩の知識

    塩は世界中で年間約1億9,900万トン(2000年)が生産され、海水から作られる塩はその内の1/4~1/3ほどで、ほかは岩塩や塩の湖など海水以外から作られています。
    岩塩層や塩の湖は、もともと海だった場所が地殻の変動で陸に封じ込められ水分が蒸発してできたもので、岩塩層から採れた塩を岩塩、湖や池、井戸などから採れた塩を湖塩や井塩と呼んでいます。それに対して海から採れる塩は海塩といいます。

    海水には約3%の塩類が溶け込んでいるので、残りの約97%の水分を取り除けば塩ができます。日本には岩塩層や塩湖がほとんどないため、塩は昔から海水を原料にして作られてきました。

    ナトリウムのはたらき

    塩の主成分であるナトリウムはビタミンやアミノ酸と同様に、必須ミネラルのひとつであり、人の体重の60~70%を占める水分に溶け込んでいます。
    塩分の摂りすぎは高血圧になるといわれ、塩分を抑えた食品が多くなってきましたが、塩は健康を維持するために重要なはたらきをしていることを忘れてはいけません。

    ナトリウムは栄養の吸収力を高めたり、筋肉を収縮させるなど大切な働きを持っています。極端に塩を避けた生活をすると、体内のナトリウムが不足して、かえって体のバランスを崩すことになります。

    塩は人が生きていくために必要不可欠な生活必需品で、ほかに代替するものがありません。ナトリウムは体内で作られないので塩から摂取しなければなりませんが、極端な減塩や摂りすぎには注意が必要です。
    塩分の多い食品を食べる場合は、ナトリウムを体外へ排せつしてくれるカリウムが多く含まれる野菜や果物も意識して食べましょう。

    <日本の塩づくりの歴史>
  • 6~7世紀 藻塩焼き法
  • 海藻を焼くか、又は焼かずに天日で干し、その海藻に海水をかけて塩分の濃い塩水を作り、それを土器で煮詰めて塩を作るという方法が生まれました。これが藻塩焼き製塩法です。

  • 8世紀 揚浜式塩田
  • 砂を利用して海水の塩分濃度を高め、かん水(濃縮塩水)を作るようになります。粘土を塗り固めた上に細かい砂を敷き詰めた塩田に、海水を撤いて太陽の熱と風の力で水分を蒸発させ、塩分を砂に付着させるという方法です。
    この揚浜式は、海水を入れた二つの2斗桶(36リットル)を天秤で担ぎ、塩田まで一日に何往復もするという重労働が強いられました。

  • 中世~昭和30年ころ 入浜式塩田
  • 中世に入ると入浜式塩田の原型となる潮の干満の差を利用した塩田も造られました。江戸時代の慶安年間には播州赤穂の浅野家が、満潮時に取水口から流れ込む海水が塩田の隅々まで行きわたるという仕組みを造りました。
    瀬戸内海沿岸では入浜式塩田を取り入れていくようになり、日本独特の製塩法として発展しました。

  • 明治38年 
  • 日露戦争の戦費調達のために、近代的な塩の専売制度が大蔵省の直轄で始まりました。以降は、昭和24年に日本専売公社が創設され、昭和60年には日本たばこ産業(株)に引き継がれていきました。

  • 昭和27年~34年 流下式塩田
  • 入浜式に取って代わったのが流下式塩田です。ポンプで汲み上げた海水を斜面(流下盤)に流し、さらに竹の小枝を逆さに積み重ねた枝条架に塩水を流して循環させ、太陽熱と風力でかん水を作ります。
    労力が大幅に削減され、生産量も2倍から3倍と大きく進歩しました。

  • 昭和46年 イオン交換膜式法
  • 塩業近代化臨時措置法が施行され、塩の製造・販売は国の完全な監理下におかれました。これと同時にイオン交換膜式製塩法が導入され、塩田の全面的な廃止がなされました。
    この製塩法はイオン交換膜と電気エネルギーを利用してかん水を作ります。イオン交換膜はマグネシウムやカルシウムなどのイオンを通しますが、PCBや重金属などは通しません。
    かん水を煮詰めて塩を結晶させる煎ごう法には、真空式蒸発装置が取り入れられました。この装置は燃料使用量を2分の1以下に抑えます。

  • 平成9年4月1日
  • 明治以来の塩専売法は国の規制緩和の影響を受け廃止となり、新たに塩事業法が施行され、原則自由の市場構造に転換し、誰でも自由に塩を作ることも販売することもできるようになりました。

  • 平成14年4月1日
  • 完全自由化となり、輸入塩に関する規制もなくなりました。