明治11年(1878)

○ 2月 札幌警察署岩内分署を橘町71番地に設置す。 ( 署長 警部 朝田 定昌 )
○ 3月25日 日蓮宗 蓮華寺 創設せらる。 ( 初代 住職 高柳 智海 )
○ 官立病院出張所 公立岩内病院となる。
○ 函館新聞記載  当時の岩内。
     戸数大凡6百余、人民の7分は漁業を業とす、分署 ( 開拓使分署 )は御鉾内に在り署長は簗瀬一等属なり、
分署内に勧解所あって大抵の公事訴訟は該所にて結了す、学校は小学校2校あり、1は御鉾内にありて生徒15名、1は野束にありて生徒20余名、野束小学校の教員仁田大助生徒父兄の信任を得御鉾内学校の生徒追々野束学校へ転校する者多し、病院出張所は浜中にあり、郵便局、区役所、駅逓等市内にあり、和船560艘往来す、物価高く他方より2倍位なり、貸座敷8軒、吹上町、橘町、南町にあり、娼妓兼芸妓百余名、玉代1円、博徒侠客の輩多く巨魁仁三郎、勘三郎、徳五郎、法螺貝富吉、秋山、金貸利足3分、5分高きは1割に及ぶものあり。( 明治11年12月10日、函館新聞第114号摘録 )
○ 此の年、安達牧場は、小樽 松田 一芥と大竹 作右衛門に貸下される。
     13年、安達 定吉 これを管理し 牡牝32頭 入る。
○ 会社組織 保信社 創立せらる。
     漁業雇入人の紛争、逃亡者の防止等について令達があったので雇傭契約の協査を為すために組織されたのである。