三十三観音像

現在でも幾多の人々に慈悲と希望を施し,依然として信仰の本山となっています。

円山聖観世音菩薩(通称円山観音)は二代目の梅沢市太郎、イツ夫妻が、生来身体が弱かったので、同病の人を救い広く世の人に礼拝して戴こうとする発願により、時の全修寺住職 泉孝全氏の尽力のもとに衆生緑の深い観音様が建立されたもので、現在でも幾多の人々に慈悲と希望を施し、依然として信仰の本山となっています。 観音様は「変化の仏」といわれ、形は似ていても名称の異なる像もあり、判断し難いこともあります。

この観音山は、全修寺五世泉孝全氏の「岩内円山補陀洛山略沿革」によれば、大正3年9月に尊像の基台選定され、この選定に当り他の土地より台座を持ってくる事を終始反対し附近の焼石を使用し、同年10月、小樽市の仏師・岩崎喜作氏の手により33体の尊像が完成せられたものと言われております。
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